AKOGI
出演者 前シテ・・・・・・・浦の老人
後シテ・・・・・・・阿漕の亡霊
ワキ・・・・・・・・・旅の男
アイ・・・・・・・・・浦人
舞台となった場所・・・・・・・・・・・・・・・・・阿漕が浦(三重県津市)
九月の秋の事、日向国(宮崎県)の男(又は旅僧)が伊勢神宮 (三重県)まで
参拝に出掛けました。伊勢国の阿漕が浦までたどり着いた時、一人の老人に出会いました。
そこで、男は阿漕が浦の歌を詠み浦のいわれを尋ねました。すると老人はこの浦は
神宮の御膳に出す魚を捕る為たげの場所なので禁漁地帯になっていた事を話しました。
しかし阿漕と呼ばれる漁師が度重なる密漁をして捕まり、罰として縛られ沖に沈められてしまった
事からここを阿漕が浦と呼ばれる様になったと語りました。なんとこの老人は殺された阿漕の
化身であったのです。老人は、あの世での苦しみや昔を思い出して漁をする姿を見せて
淋しそうな暮れなずむ海の中に姿消してしまうのでした。
男は不思議に思い浦人に今の老人の話しをしたところ、きっとその老人は阿漕の亡霊に
違いないので是非とも供養してあげてくれと言い去っていきました。
言われた通り法華経を唱えていると、地獄の底から阿漕の亡霊が漁に使う四手網を
持って現れたのでした。阿漕の亡霊は漁をするさまを見せるが、それがいつしか地獄での
苦しみの様子と代わり、「助け給へや旅人よ」と懸命に救いを願う声だけを残して再び
冷たく静かな海の底へと消えて行くのでした。
もとは「伊勢の海、阿漕が浦に引く網も、度重なれば顕(あらわ)れにけり」と言う忍び逢う恋の和歌が
この曲目の主題であるが、終始不気味な雰囲気が漂い恋の甘さを一切臭わせない作品である。
前場での老人の語りや、後場の四手網に魚を追いむ様子・絶え間なく続く地獄での苦しみを伝える
立廻りは見逃せない。
能で亡霊が出てくるようなストーリーでは、たいてい成仏させてあげて終るのだが、この阿漕は
リアルなまでの地獄での苦しみを表現しつつ、苦しみの余り旅人に助けを求めたまま終ってしまう
という残酷さがある。救いを求めたまま海の底に沈んでしまう亡霊は、また別の旅人が来たら
浮かび出て来て苦しみを見せて続けるのであろうか・・・・。
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