
ここでは、能舞台の各名称や名前の由来、意味合いなどを簡単にご説明致しましょう。

まず、4本の柱に囲まれている真中の広い部分を[舞台]と言い、演技はこの舞台を中心として
繰り広げられます。4本の柱のうち、左手前にある柱が[目付柱(めつけばしら)]と呼ばれて
います。能面を付けている為視野の狭くなった演者は、この柱を目印として自分の居る位置を
把握しているのです。その後の[シテ柱]はシテがこの柱の近を拠点として演技をするため、
この名前が付けられた様です。シテ柱の右隣の[笛柱(ふえばしら)]は、囃子方の中に居る
笛方に一番近い柱で、下の方に鉄で出来た輪が付いているがこれは、「道成寺」を演じる時に
天井から大きな鐘をつるす時に使う縄の端を止めるのに使用します。
目付柱の右隣にある柱が[ワキ柱]でシテ柱と同様、ワキ方がこの柱の近くで演技をする事が多い
為、この名前が付きました。シテ柱の奥にもう一本柱があり、後見、狂言方がこの柱の側に
座っている事から[狂言柱もしくは後見柱]と呼ばれています。
笛柱と、ワキ柱の間に舞台の延長で飛び出たこの部分に、地謡方が座る事から
[地謡座(じうたいざ)]と言います。次ぎに、舞台の直ぐ後の横向きに板が張られている部分を
[後座(あとざ)]と言い、囃子方や後見が座っています。後座から斜め奥に手すりの付いた
長い廊下が続きます。これを[橋掛り(はしがかり)]と言いここでの演技も多い為、
舞台の延長と言っても良いでしょう。
橋掛りに若松が植えられているが、舞台側から[一の松][二の松][三の松]と名前が付いており
反対側にも、それぞれの中間値に若松が植えられています。この松は、遠近法を用いるために
一の松から徐々に大きさが小さくなっているのです。この松も橋掛りでの演技の目安となって
います。橋掛りの奥に垂れ幕があります、この幕を上げ下げしたり片端だけをたぐり上げる等
して演者が出入りする為の[揚幕(あげまく)]と呼ばれる物です。
後座の右奥に小さな出入口があります、これは[切戸口(きりどぐち)]と呼ばれ後見や地謡方
が出入りする為の扉なのです。
切戸口の横に若竹の絵が描かれており、真正面の[鏡板(かがみいた)]には老松の絵が
壁一面に描かれています。 このように舞台の各名称や役割を理解して観て見ると、
いつもとは違った観方が出来る事でしょう。
続いては、客席や演者の配置についてお話致します。

舞台に向かって左上には、通常2人の[後見(こうけん)]が控えて座っています。
その斜め前から、[太鼓(たいこ)]は言うまでもなく太鼓を打つ人が座っており、
曲目によっては太鼓を使用しない場合この場所は空座となっています。
[大鼓(おおつづみ)]は大鼓を打つ人が、[小鼓(こつづみ)]は小鼓を打つ人、
[笛(ふえ)]は笛を吹く人で、彼らを囃子方(はやしかた)と呼びます。
[地謡(じうたい)]は、地謡を謡う人達です。合唱団のようなものでリーダーは(地頭)
1の位置に座り、サブリーダーは2の位置・・・と言う様に熟練者順に座る位置が
決まっているのです。地頭の違いで曲目の雰囲気も変わると言われているので、後列の人は
目立たないと思われがちですが、実は重大な任務を課せられているのです。
次ぎに、客席についてです。舞台の真正面に位置する客席が[正面]、橋掛かり側で
地謡と向き合う位置の客席が[脇正面]、その2つの間に位置する席が[中正面]です。
舞台だけでなく橋掛かりでの演技も多いため、脇正面は正面で観ている時とはまた違った
能が楽しめます。
最後に舞台と客席の間に一間程の幅で玉石が敷かれていますが、ここを[白州(しらす)]
と呼びます。昔、舞台と客席が別棟であった頃からの名残と言う事になるようです。
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