平成14年7月の研能会にS女子大の学生さんがいらして下さり、
公演後楽屋にて能講座を開きました。先生より感想文を拝見させて
頂きましたのでいくつかご紹介させて頂きます。
梅若研能会七月例会を見て Y.B.さん
能楽というものを見るのは今年がはじめてで、今回が二回目である。勿論、テレビで
やつているのは別であるが映像で見るのと実際に見るのでは印象が全然違うことに驚かさせる。
第一に舞台をつつむ雰囲気である。
歌舞伎とも違い、何か壮重な空気が光の中に浮びあがったそう大しては大きくない能舞台から
ただよって来る。少々不躾であったかも知れないが、実は今回前の方まで歩いて行き、
最前列辺りから舞台を見させて頂いた。木造りであるから古びたイメージがあったのだが、
白玉の様な石とあいまって本当に美しい建造物だと思いました。
今回の曲は白楽天と鞍馬天狗だ。日本の芸能の中に中国の詩人が登場するのは不思議な
感じがする。謡曲の内容は白楽天が日本に来日し、謎かけのように筑紫の漁翁に
向かいかけをする。というもので面白い。大きな大道具を使わずとも漁翁である事は手に
持ったさおと面と装束でわかる。
また驚いた事にはそのさおを使って実際に魚をつる真似事をしてみせるのである。
舞だけで演じるのだと思っていたために自分の間違った印象に恥ずかしい限りであった。
鞍馬天狗は非常に登場人物の多い、そして華やかな曲であった。初舞台の子供さんも
出ることが多いと聞いていたが愛くるしい表情と姿にホッと笑みが誘われた。
装束も華やかでさすが花見にやって来た、という情景が想像にかたくない。
能を見ていて良い所は観客に想像というものの幅を与えて、各自で各自の情景を
浮びあがられる所である。その意味では大道具・小道具ともに多くない方が
(最低限で演じる方が)良い様に感じた。まだまだ自分が勉強不足で、何が何を表している
などというお約束事に詳しくないため不明の点もあったがこれからは少しでも機会がある度に
色々な曲を見て勉強をして行きたいと思いました。
最後に終演後に我々のために御解説頂きました梅若家の方々に深くお礼申し上げます
とともに、近くで本物の装束や面、そして舞台を歩かせて頂くという稀な体験をさせて
頂いた喜びをお伝えしたく思います。大変興味深い一日でした。また次ぎの研能会が楽しみです。
初めて能を観て N.O.さん
本格的に能を観るのは今回が始めてだつたのですが、とにかくすごいと感じたことは独特の
世界観(というと、少し言い過ぎかもしれませんが、簡単に言うと客席に伝わってくる
舞台の雰囲気)です。歌舞伎や他の劇などと比べると、能は明らかに舞台全体での動きが
少ないし、遅いです。また、役者は面を被っているので表情が全く変わりません。
被っていなくても被っているつもりにならなくてはならないのでやっぱり表情は変わりません。
(これを直面というのだそうですが、瞬きもしてはいけないというのにはびっくりしました。)
ここまで言うと、より強い刺激を求める現代人には、いささかもの足りないような
感じもしますが、それでもなお能が多くの人に好かれ続ける理由がなんとなくわかった
気がしました。前述した独特の世界観こそがその理由だと私は思います。
言葉ではなかなか表現しにくいのですが、真剣に観ているといつのまにか舞台に引き込まれる
感覚がしたのです。しかもその感覚は、テレビや映像、他の劇などのように登場人物の誰かに
感情移入して引き込まれるというのではなくて、客観的に舞台を観つつも引っ張られる、
というような感じでした。つまり、現実の世界に近いから引かれるというのではなく、
現実からある程度離れているからこそ引かれるといった感じでしょうか。
音楽の効果かも知れませんが「白楽天」ではまさにそのような感じを強く受けました。
また、能は小道具や舞台装置も割りと素朴なようですが、素朴だからこそ色々想像が
膨らむのだなと思いました。
今回は特別に楽屋まで見せていただき、本当にありがとうございました。
舞台を見ているだけでは気付かなかった事がたくさん分かってとても勉強になりました。
一つだけ舞台を観ていて気になったのですが、地謡の方々が扇子を持ったり置いたり
するのには何か意味があるのでしょうか。