KIYOTSUNE                                            

                 
      



 出演者           シテ・・・・・・・平清経の亡霊
              ツレ・・・・・・・清経の妻

                
ワキ・・・・・・・淡津三郎

舞台となった場所      京都 清経の留守宅

 

      

   源平の合戦で平家方が滅亡したのは、九月の秋の事でした。

  平清経は敗戦につぐ敗戦に前途を絶望し、豊前国(ぶぜんのくに)柳ヶ浦で

  (現在の大分県宇佐市)入水して自らの命を落としてしまいます。

  淡津三郎は清経が妻へと残した形見の黒髪を届ける為に、九州から都へと

  戻って来ました。話を聞いた清経の妻は「生きるも死ぬも共に」との

  約束を果たさなかった清経を恨み、形見である黒髪をつき返し悲しみの

  床についてしまったのでありました。

   すると夢の中に清経の亡霊が現れたので、自殺した事の恨みを述べると

  清経の亡霊は形見をつき返した事をなじりました。そして清経は今までの

  いきさつを語りました。源氏に追われた一門がすがるような気持ちで

  九州の宇佐八幡に詣でるが、平家の一門は神仏にも見放された事・
  
  敗戦の恐ろしさや、不安、寂しさ等から生きる望みを失った事・そして

  美しく輝く月の夜に船上から今生の名残にと好きな笛を心ゆくまで吹き、

  妻への形見にと一束の髪を残して深く冷たい海の底へと沈んで行った時の

  様子を語り聞かせました。そして、修羅道に(地獄)落ちた時の苦しみを

  見せた後、入水の際に念仏を唱えた功徳のお陰で実は成仏出来たのだと

  言う事を告げて、消えて行くのでした。


    
   
江戸時代では、戦死や病死ならともかく武将が戦いを前にして自殺するとは

  何事だ!と言う事で一時上演禁止となった事がある。

   平重盛の三男である清経は笛をたしなむ優美さを持つ貴族的なナイーブな

  人間で、その男を「絶望感」が「死」へと追いこんで行く様子・愛する妻へ

  自分の心情を語ろうと夢枕に立つというロマンチックな筋立ては世阿弥の

  見事な作品であり、「絶望とは死に至る病である」と言った言葉はどの国でも

  同じようである。
 
   清経の心境や状況を表現しつつ情緒ある地謡と共に切々と舞を舞う姿は

  観る物を正に幽玄の世界へ誘ってくれる。




     

                                                             
                     
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