OBASUTE

                       


  出演者            前シテ・・・・・里女 
                後シテ・・・・・老女
                ワキ・・・・・・都人
                アイ・・・・・・里人

  舞台となった場所      信濃の姨捨山

  仲秋の名月を見ようと都の男(ワキ)が信濃の姨捨山に赴くと、里の女(前シテ)に

 出会います。女は、この地は昔、捨てられた老女が「わが心慰めかねつ更科や姨捨山に
 
 照る月をみて」と歌を詠んだ所であることを都人に教え、自分がその老女の霊であることを

 明かすと木陰に消え失せてしまいます。(中入)

  やがて、夜になり澄み渡る満月に照らされる姨捨山に白衣をまとった老女(後シテ)が
 
 現われ、月天子は勢至菩薩と同体で阿弥陀如来の脇侍であると説き、極楽の有様を描くなど

 月にことよせて仏の慈悲を語ります。そして、昔を懐かしみ舞を舞って秋や友の懐旧の情に

 ひたりますが、夜が明けると都人も姨捨山を去ってゆき、残された老女がただ一人、

 在りし日のごとく、姨捨山に立ち尽くしているのでした。


 「楢山節考」などに描かれる、食糧不足の口減らしの為の老人遺棄、という人間悲劇の

 悲惨さはこの能にはなく、老女が月の精のように閑寂な舞を舞う事で、浄化された清らかな

 世界が表現されています。山に棄てられた事を、悲しむでもなく、また、恨むでもなく

 人の世を脱し、月の光に同化していく老女の姿は、無常のこの世から解脱した者の

 神々しさを感じさせます。

  能では、女性を描く事と、老いを表現する事は重要視される傾向があり、その両面

 を兼ねる老女を扱った演目は、高度な技量と芸位、深い精神性を要する事から、相応の

 年齢に達しないと演じられないとされています。「檜垣」「関寺小町」とともに三老女

 として最奥の演目とされる「姨捨」に、梅若万紀夫改め 3世梅若万三郎が挑戦します。





             
         
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