
SOTOBAKOMACHI

出演者 ワキ・・・・・・高野山の僧
ワキツレ・・・・徒僧
シテ・・・・・・小野小町
舞台となった場所 山城国鳥羽(京都市南区)
九月の秋のことでした。ある僧が高野山から都へ向かう途中、京に程近い鳥羽の辺り
で一休みしていると一人のみすぼらしい老婆の乞食(こじき)が、その昔絶世の美女と
言われていた頃を思い出し、グチをこぼし始めました。そして、倒れている卒都婆に
腰を下ろしてしまいました。それを見ていた僧は、仏体とも言える卒都婆に腰を下ろすとは
何事だと立ち退くように言いますが、老婆は素直に応じません。謝るどころか弁舌鮮やかに
仏の教えを説き、反論し始め僧をやり込めてしまうのでした。そんな老婆に僧は感心し
頭を地に付けて三度礼拝すねと、今度は茶化した「極楽の内ならばこそ悪しからめ
そとは(外はと卒都婆をかけている)何かは苦しかるべき」という歌を詠むと僧は
ますます驚き、名を尋ねました。すると老婆は小野小町のなれの果てだと明かし、昔の
美しかった頃をしのび、現在の落ちぶれ果てた境遇を語るのでした。
話しをしているうちに突然、何かに憑かれた様に狂乱状態になってしまいました。
その正体は、昔小町に恋をした深草少将の怨霊で小町の元に九十九夜通ったけれども
百夜めに思いを遂げられないまま命を失った悔しさを語るのでした。
やがて狂気から我に返った老婆は真の悟りの道に入りたいと願うのでした。
この曲目のタイトルである卒都婆とは、墓石の後に立て掛けられている細長い木の板
のことで、積まれていたと思われる卒都婆に腰をかけた老婆は、絶世の美女であったと
言われた小野小町である。年齢はなんと100歳でしかも乞食という設定であるところが面白い。
分類別けをすると「老女物」と言われる難曲に該当し、技巧よりも内からみじみ出る
心の技が必要とされ、老女の登場より橋掛かりを休憩を入れながら歩く姿は百年もの
人生を刻んだ重みが感じられる。
乞食にまで落ちぶれながらも才気だけは保ち僧との問答が冴え渡る。
100歳になってもなお襲いかかる深草少将の怨霊は、その昔どんな男の恋心にも
答え様としなかった小町を襲い、彼女はむくいの苦しみを受けている。
モテるからと言って、周りの異性をもてあそんでいると良い事がないのは今も昔も
変わりない事なのである。
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