
TAMURA

出演者 ワキ(シテの相手役)・・・・・旅の僧
前シテ(主役)・・・・・・・・・・・童子
アイ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・清水寺門前の者
後シテ・・・・・・・・・・・・・・・・・坂上田村麻呂の霊
舞台となった場所 京都の清水寺(京都市東山区)
東国より僧が都への旅に出ました。三月の春うららかなある日、清水寺に着いた僧は
咲き誇る桜の花に見とれているといつしか夕暮れ時になっており、1人の童子がどこから
ともなく現れて持っているほうきで木陰を掃き清めるのでした。
僧は童子に清水寺の由来を尋ねると、清水寺は大同2年坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)
の御願によって創立された物である事や、南に見える清閑寺(せいがんじ)、その向こうに
見えるのが今熊野(いまぐまの)、北に入相(いりあい)の鐘が聞こえるのは霊山寺(りょうせんじ)
などと、そこから見える京の名所を教えているうちに、音羽山から綺麗な月が出るのでした。
僧と童子は一緒に桜月夜の素晴らしさを満喫していると、僧はどうも童子が普通の人間では
ない様に思えてきて、名をと尋ねてみると童子はそれ程気がかりならば私の行先を見ていて
下さい。と言い残し地主権現(じしゅごんげん)の坂上の田村堂の中へ姿を消してしまいました。
(地主権現の田村堂とは、清水寺の境内にある坂上田村麻呂を弔って建てられたお堂の事)
僧は来合わせた清水寺門前の者に田村麻呂の供養を勧められた為、夜もすがら桜の散る
木陰に座り、月光に心を澄ませて法華経を読経していると花陰から坂上田村麻呂の霊が
武将姿で現れるのでした。そして、勅命により鈴鹿山に住む鬼神を討ちに向かった時の
様子を語り始めるのでした。坂上田村麻呂が軍兵を指揮し、伊勢路に入った辺りで数千騎
の敵勢に姿を変えた鬼神に遭遇したが心の中で仏力神力のご加護を祈ると千手観音が
現れて千の手全てに大悲の弓を持ち敵勢に放たれたお陰で一人残らず討つ事が出来たと
千手観音のありがたさを語り、田村麻呂は消えて行くのでした。
前場で誰もが見とれる桜の木は「地主の桜は散るか散らぬか。嵐こそ知れ。」と中世の
小歌に歌われた名木で、その桜の木の妖精とでも言えそうな童子の舞は優美で心地よさ
を感じせさてくれる。うって変わって後場では勇壮な戦いの様子を躍動的に進めて行く
というギャップがスケールの大きさを感じさせ、気品と豪華さを兼ね備えているように思う。
田村堂とは、54歳でこの世を去った彼を弔って建てられたお堂で現在でも桜の木に
囲まれて建っている。